思い出のアルバム(虚無僧研究会)
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虚無僧研究会の旅:奈良県十津川村楠正勝公・墓前供養献奏大会(1989.9.14~9.17)(その1)

虚無僧研究会の主催で平成元年9月14日~9月17日、奈良県十津川村武蔵にあります楠正勝公の墓前献奏大会が開催されました。虚無僧研究会の関東地区の会員は、9月14日の夜10時15分に東京駅丸ビル前を観光バスで出発しました。翌日の午前8時に桜井市の岩井省法氏の虚空庵に到着、虚空庵では朝食に三輪素麺をいただきました。その後、山の辺散策をして、バスで談山神社に移動しました。談山神社の南山荘で昼食をいただき、虚無僧姿になり、本殿で御払いをしていただき、夕方、桜井市の国民年金保養荘 (大和路)で懇親会が開催されました。
虚空庵での朝食(クリックで画像を拡大)
談山神社に向かう(クリックで画像を拡大)
談山神社本殿(クリックで画像を拡大)
大和路での懇親会(クリックで画像を拡大)

虚無僧研究会の旅:奈良県十津川村楠正勝公・墓前供養献奏大会(1989.9.14~9.17)(その2)

翌日の9月16日、大和路で朝食を済ませて、バスで十津川村へ、途中、谷瀬の吊橋を観光して、11時30分に十津川村役場に到着、ここで観光バスから乗用車に乗り換えて、武蔵に、昼前に武蔵に到着、昼食を済ませて、楠正勝の墓まで虚無僧行列をしました。、墓前で献奏をして、小学校跡の建物で献奏大会を開催、21曲の献奏が終わると、夕方5時前でした。
大和路での懇親会(クリックで画像を拡大)
谷瀬の吊橋(クリックで画像を拡大)
楠正勝の墓について(クリックで画像を拡大)
武蔵での虚無僧行列(クリックで画像を拡大)

虚無僧研究会の旅:奈良県十津川村楠正勝公・墓前供養献奏大会(1989.9.14~9.17)(その3)

武蔵での献奏会も終えて、夕方6時過ぎに十津川村役場に戻り、十津川温泉(昴)のマイクロバスで温泉に、宿に着いたら入浴を済ませて、6時30分から大広間で懇親会が開催されました。この日、NHKが取材に来ていましたが、虚無僧研究会の全国からの会員が参加していたので、夜7時のニュースで全国に放送するとのこと、懇親会を中断して各自、部屋に戻りニュースを見また。その後、再度、懇親会を8時くらいまで開催しました。翌日の17日は十津川温泉で朝食を済ませて、再び観光バスで遠路、東京に向かいました。楽しい旅になりました。 
楠正勝の墓前で、左から、高橋峰外・岡本竹外・岩井省法(クリックで画像を拡大)
楠正勝の墓前で(クリックで画像を拡大)
昴での懇親会(クリックで画像を拡大)
昴での懇親会(クリックで画像を拡大)

常陸国拂垢山永隣寺史跡碑除幕式(1987.5.17)(その1)

茨城県大子町小生瀬小学校跡地(虚無僧寺・永隣寺跡)に於いて、願主・大子町郷土史跡保存会、協賛・虚無僧研究会、後援・大子町観光協会により、永隣寺跡において昭和62年5月17日に除幕式が行われました。これに先立ち、前日、福島県岩瀬郡天栄村安養寺34、山口直太郎氏宅より法燈国師堂まで虚無僧練りを、国師堂では献奏大会を開催しました。その後、茨城県大子町に移動して、奥久慈大子温泉・福寿荘に宿泊し懇親会を開催しました。翌日の17日は、福寿荘での朝食の後、身支度をして観光バスで袋田の滝に移動しました。袋田の滝では、虚無僧練りも行われました。
福寿荘での懇親会(クリックで画像を拡大)
袋田の滝に向かう(クリックで画像を拡大)
袋田の滝に向かう(クリックで画像を拡大)
袋田の滝の前で(クリックで画像を拡大)

常陸国拂垢山永隣寺史跡碑除幕式(1987.5.17)(その2)

袋田の滝での虚無僧練りを終え、またバスで小生瀬に移動しました。小生瀬の虚無僧寺・永隣寺跡(小生瀬小学校跡地)にて、地元の方々が前日から用意してくれました昼食の赤飯をいただき、永隣寺跡の石碑の除幕式が盛大に行われました。
小生瀬小学校跡(クリックで画像を拡大)
永隣寺跡石碑(クリックで画像を拡大)
永隣寺跡石碑(クリックで画像を拡大)
永隣寺跡石碑除幕式(クリックで画像を拡大)

常陸国拂垢山永隣寺史跡碑除幕式(1987.5.17)(その3)

永隣寺跡石碑の除幕式が終わり、今度は道路の反対側の丘の中腹にあります虚無僧の墓まで移動して、虚無僧の墓前で献奏をしました。この日の為に、地元の方々が虚無僧の墓もきちんと整備をしていただきました。
永隣寺跡石碑除幕式(クリックで画像を拡大)
永隣寺跡石碑除幕式(クリックで画像を拡大)
永隣寺虚無僧歴代の墓(クリックで画像を拡大)
虚無僧の墓の前で献奏(クリックで画像を拡大)

常陸国拂垢山永隣寺史跡碑除幕式(1987.5.17)(その4)

小生瀬での行事が終わると、観光バスで、大子町上郷、村山孝之画伯宅に移動して、楠正勝の墓前で献奏をし、村山宅では、強飯式を見学しました。小雨が降る中、大子町中心部に移動して、虚無僧練りを行いましたが、夕方から本格的な雨降りになりました。大子町町役場で記念撮影をした後、観光バスで東京に向かいました。参加者が72名でした。遠くは、和歌山県由良町から法燈会の寺田泰山先生のグループも参加されました。
楠正勝の墓前で(クリックで画像を拡大)
楠正勝の墓前で(クリックで画像を拡大)
大子町役場前で(クリックで画像を拡大)
帰りのバス(クリックで画像を拡大)

甲州乙黒明暗寺史跡碑除幕式・祝賀尺八本曲献奏大会(1985.9.29)(その1)

甲州乙黒明暗寺史跡碑除幕式・祝賀尺八本曲献奏大会が昭和60年9月29日(日)午前11時から明暗寺跡地(山梨県中巨摩郡玉穂町乙黒666)において開催されました。当日は、小雨模様の天候でしたが、東京から観光バスにて虚無僧研究会会員も多数参加されました。史跡碑は、縦横0.3m、高さ1.5mの安山岩で、正面に「史跡 甲州乙黒明暗寺跡」と記され、側面には、「甲斐の国に普化明暗の法燈を永く照らせし乙黒の里」と、明暗蒼龍会会長・岡本竹外氏が書かれた文字が刻まれました。
乙黒明暗寺史跡碑(クリックで画像を拡大)
乙黒明暗寺史跡碑(クリックで画像を拡大)
乙黒明暗寺史跡碑(クリックで画像を拡大)
乙黒明暗寺史跡碑(クリックで画像を拡大)

甲州乙黒明暗寺史跡碑除幕式・祝賀尺八本曲献奏大会(1985.9.29)(その2)

除幕式には約120名が参加しました。虚無僧寺が無住の時は、先祖がお寺の管理をしていたことのある、乙黒6288の田中行蔵さん一家が除幕をした後、入魂式が行われました。
除幕式前(クリックで画像を拡大)
除幕式後の入魂式((クリックで画像を拡大)
除幕式後の入魂式((クリックで画像を拡大)
除幕式後の入魂式((クリックで画像を拡大)

甲州乙黒明暗寺史跡碑除幕式・祝賀尺八本曲献奏大会(1985.9.29)(その3)

除幕式の様子。
小菅会長の挨拶(クリックで画像を拡大)
杉野保町長の挨拶(クリックで画像を拡大)
田中潤次氏の挨拶(クリックで画像を拡大)
小雨の中、献奏(クリックで画像を拡大)

甲州乙黒明暗寺史跡碑除幕式・祝賀尺八本曲献奏大会(1985.9.29)(その4)

屋外で記念撮影をした後、隣接の建物に移動して昼食の後、献奏大会が開催されました。
記念撮影(クリックで画像を拡大)
中央・島村石翁氏、右が岡本竹外氏(クリックで画像を拡大)
記念撮影(クリックで画像を拡大)
献奏大会・明暗蒼龍会(クリックで画像を拡大)

甲州乙黒明暗寺史跡碑除幕式・祝賀尺八本曲献奏大会(1985.9.29)(その5)

献奏大会の続き、山口県光市から、藤田正治氏が出席され、長管尺八で虚鈴を献奏をされました。田中潤次氏の好意で、昼食や懇親会、さらに桔梗屋のお土産まですべて提供していただきました。
小菅会長の挨拶(クリックで画像を拡大)
明暗蒼龍会の献奏(クリックで画像を拡大)
藤田正治氏の献奏(クリックで画像を拡大)
明暗蒼龍会の献奏(クリックで画像を拡大)

甲州乙黒明暗寺史跡碑除幕式・祝賀尺八本曲献奏大会(1985.9.29)(その6)

昭和60年9月29日、乙黒明暗寺史跡碑除幕式が開催されることになり、事前に虚無僧研究会の小菅会長、幹事の石井汲芳氏、山田悠氏と共に私も、9月1日に玉穂町乙黒の田中潤次氏宅を訪問しました。田中潤次氏の話によれば、明治4年に普化宗が廃止され、田中氏宅の隣にあった乙黒明暗寺の虚無僧が、お寺の後始末をした時に、長年お世話になったからと、尺八2管を、お礼に置いて立ち去ったとのこと。写真の尺八は、乙黒明暗寺の虚無僧が使用していた尺八のようです。現在は、田中家から地元の教育委員会に寄贈されたようです。 
乙黒明暗寺の尺八2管(クリックで画像を拡大)
乙黒明暗寺の尺八2管(クリックで画像を拡大)
乙黒明暗寺の尺八2管(クリックで画像を拡大)

「瀧落の曲」記念碑除幕式(1993.11.23)(その1)

豆州瀧源寺史跡碑除幕式及び記念献奏大会が、平成5年11月23日に、修善寺町で開催されました。旭滝史跡碑の除幕式は、午前10時から田方郡修善寺町大平の旭滝で行われました。「虚無僧寺滝源寺遺跡ならびに滝落の曲発祥地」史跡碑建立協賛募金の趣意書の内容・静岡県修善寺町大平は名勝旭滝の所在地であり、かつ、北条早雲の第三子長綱(幻庵宗哲)と、きあめて所縁のふかい土地であります。幻庵が一節切尺八の名手であり、その作品は「幻庵切り」といわれて、多くの武将たちから珍重されていました。この地に館を持っていた幻庵が、旭滝の清峡を望んで尺八に感懐をたくしたであろうことは、容易に想像できます。下って徳川中期時代、旭滝の麓に虚無僧寺功徳山滝源寺が開かれて、諸国の虚無僧たちの修行の地となりました。そして幻庵以来、古くからこの地に吹きつがれてきた尺八の手が集成されて、名曲「滝落」となり、小島残水、黒沢琴古、その他の名手によって今日までつたえられたといわれています。すなわち、旭滝をふくむ、この地一帯は、われわれ尺八家にとって、甚だ因縁が深く、その雰囲気を残す土地であります。然るに、この度、修善寺町においては、旭滝付近を整備拡張して、歴史と観光の拠点にしようという事業がすすめられています。そして、地元「滝落曲保存会」の人たちが、その一環として、滝源寺遺跡と「滝落」の曲発祥の地としての史跡碑建立を発願し、虚無僧研究会に協力をもとめてきました。当会にとっても相応する趣旨でありますので、この事業に協賛し、ここに趣意書をお送りすることにしました。何卒、一人でも多くの会員にご賛同をいただき、斯道興隆の、おぼしめしをもって浄財のご喜捨をたまわりますよう、勧募申し上げる次第であります。「滝源寺遺跡ならびに滝落の曲発祥地」史跡碑建立の件、1.史跡碑の概要、石材 よこ3m、高さ2.2m、厚さ0.9mの自然石。表面に碑文と主催者ならびに協賛者名、裏面に寄付者名を記し、旭滝をのぞむ風光絶景の地に、高さ5m、幅20mの築山をきずいて建てる。2.主催は修善寺町、修善寺観光協会、滝落曲保存会。
旭滝の前で記念撮影(クリックで画像を拡大)
史跡記念碑(クリックで画像を拡大)
神事、除幕式(クリックで画像を拡大)
明暗蒼龍会(クリックで画像を拡大)

「瀧落の曲」記念碑除幕式(1993.11.23)(その2)

旭滝の前での除幕式。旭滝は高さ約100mあります。
石碑の裏面(クリックで画像を拡大)
神事、除幕式(クリックで画像を拡大)
旭滝(クリックで画像を拡大)
滝の側に虚無僧に墓がある(クリックで画像を拡大)

「瀧落の曲」記念碑除幕式(1993.11.23)(その3)

旭滝での除幕式の後、修善寺温泉街に移動して、修善寺総合会館から修禅寺に向かい、虚無僧練りが行われました。修禅寺本堂では午後1時から虚無僧研究会主催により、滝源寺・滝落の曲史跡碑建立記念尺八献奏大会が開催されました。
旭滝(クリックで画像を拡大)
修禅寺本堂での献奏(クリックで画像を拡大)
修禅寺本堂での献奏(クリックで画像を拡大)

南松寺虚無僧之碑建立記念第15回虚無僧追善供養尺八献奏大会(1996.11.23)(その1)

平成8年11月23日、東京都町田市南大谷451南大谷天神社社務所にて虚無僧之碑の除幕式が行われました。南松寺歴代虚無僧・顕彰碑建立協賛募金・趣意書の内容は、普化禅宗(虚無僧寺)金先派大谷山南松寺は町田市の南大谷天神社の開創(天保二年・1645年2月25日)と同時期(八月吉日)に別当寺(社僧として神社の管理、祭礼などを行う寺)として創建された。南松寺は神社参道南に表門と参道があり、本堂は現社務所の側にありました。同寺の開基は五十嵐傳兵衛(三代目)で、境内寄進家(現神社境内地八反十九歩を寄進)は佐藤右近(二代目)であり、同じ町田市の本町田、菅原神社の別当寺・梅元山大澤寺(だいたくじ)の隠居寺として御悟心源了和尚により開創されました。 それ以来、二百数十年にわたり、南大谷天神社と相共に栄えてきました。残念なことに明治4年(1872)の太政官布告により普化禅宗(虚無僧寺)は廃寺となり、十三世静海謙譲和尚(総本山一月寺住職代)をもって南松寺は廃寺となりました。因みに南松寺も大澤寺も共に本寺は青木山天晴院西向寺(現地名、横浜市青木町)総本山は金龍山梅林院一月寺(同・松戸市小金町)でしたが、共に廃宗、廃寺となっております。その後、南松寺跡地は荒廃しておりましたが、昭和38年(1963)に跡地が宅地開発されるに当たり、氏子一同の協力により、歴代虚無僧の墓碑が神社観音堂の裏手に移転安置されで現在に至っております。なお、この観音堂には南松寺の本尊・歴代位牌二基等が今なお、保存されており、その他に神社本堂額、同寺石仏、同寺井戸があります。南松寺歴住墓碑は九世まで’六世は欠)十基あります。このように歴代虚無僧の墓碑が揃って現存しているものは全国的に数少なく、(大澤寺は残っていない)当寺院は貴重な歴史遺産を残しており、これも町田市の誇りです。此に私達一同は顕彰碑を建立して、その歴史的意義を表し、末永く尺八吹禅と別当寺としての遺功をたたえたいと思います。何卒一人でも多くの会員にご賛同を頂き、斯道興隆のおぼしめしをもって浄財のご喜捨をたまわりますよう勧募申し上げる次第であります。「南松寺歴代虚無僧・顕彰碑建立」の件、1.顕彰碑の概要。石材は中国産御影石、高さ1.5m、横幅0.9m、厚さ0.12m、ほかに台石。表に「南松寺歴代虚無僧之碑」裏に「顕彰碑建立由来」二十列の刻字、神社参道の脇、南松観音堂の側に建立。ほかにスチールで南松寺案内板一基、寄付碑一基、南松観音堂の看板一基。2.主催:南松寺奉賛会、協賛:南大谷天神社氏子一同、虚無僧研究会。協力:町田市教育委員会。 
天神社(クリックで画像を拡大)
南松寺案内板(クリックで画像を拡大)
建立された虚無僧之碑(クリックで画像を拡大)
歴代・虚無僧の墓碑(クリックで画像を拡大)

南松寺虚無僧之碑建立記念第15回虚無僧追善供養尺八献奏大会(1996.11.23)(その2)

南大谷天神社境内にて、虚無僧之碑の除幕式は午前10時から行われました。その後、菅原神社より南大谷神社まで虚無僧練りが行われました。
虚無僧碑の前で献奏(クリックで画像を拡大)
虚無僧碑の前で献奏(クリックで画像を拡大)
虚無僧碑の前で献奏(クリックで画像を拡大)
虚無僧碑の前で献奏(クリックで画像を拡大)

南松寺虚無僧之碑建立記念第15回虚無僧追善供養尺八献奏大会(1996.11.23)(その3)

第15回虚無僧追善供養尺八献奏大会は、午後12時30分より、南大谷天神社社務所において、開催されました。今回の献奏曲は23曲でした。
献奏会での小菅会長の挨拶(クリックで画像を拡大)
南松寺奉賛会会員の紫鈴法(クリックで画像を拡大)
谷派の大和調子(クリックで画像を拡大)
相邑会の献奏(クリックで画像を拡大)

南松寺虚無僧之碑建立記念第15回虚無僧追善供養尺八献奏大会(1996.11.23)(その4)

天神社社務所での献奏大会の様子。
如道会の三谷(クリックで画像を拡大)
明暗蒼龍会の回向(クリックで画像を拡大)
明暗蒼龍会の回向(クリックで画像を拡大)
門田笛空・前田笛風氏の虚空(クリックで画像を拡大)

南松寺虚無僧之碑建立記念第15回虚無僧追善供養尺八献奏大会(1996.11.23)(その5)

南松寺の遺品として残る、仏壇と位牌が二基。
南松寺の仏壇(クリックで画像を拡大)
新しく製作した歴代の位牌(クリックで画像を拡大)
今に残る虚無僧の位牌(クリックで画像を拡大)
今に残る虚無僧の位牌(クリックで画像を拡大)

南松寺虚無僧之碑建立記念第15回虚無僧追善供養尺八献奏大会(1996.11.23)(その6)

献奏会が終り、懇親会は場所移動して、南大谷さくら会館にて開催されました。
懇親会は小菅会長の挨拶から始まりました(クリックで画像を拡大)
懇親会の様子(クリックで画像を拡大)
懇親会の様子(クリックで画像を拡大)
懇親会の様子(クリックで画像を拡大)

虚無僧追善供養尺八献奏大会(大正寺)(1986.11.23)(その1)

昭和61年11月23日、虚無僧寺、活総派の末寺頭・安楽寺の菩提寺であります大正寺にて第5回虚無僧追善供養尺八献奏大会が開催されました。会場の大正寺の所在地は、東京都調布市調布ヶ丘1の22の1。
大正寺山門(クリックで画像を拡大)
大正寺墓地の虚無僧墓9基(クリックで画像を拡大)
虚無僧の墓(クリックで画像を拡大)
虚無僧の墓(クリックで画像を拡大)

虚無僧追善供養尺八献奏大会(大正寺)(1986.11.23)(その2)

大正寺本堂で大正寺住職により(安楽寺歴代住職並びに門弟の回向)読経が行われ、その後、献奏大会が開催されました。献奏曲は全部で32曲でした。
献奏会は小菅会長の挨拶で始まる(クリックで画像を拡大)
明暗蒼龍会の献奏(クリックで画像を拡大)
谷派による献奏(クリックで画像を拡大)
谷派による献奏(クリックで画像を拡大)

虚無僧追善供養尺八献奏大会(大正寺)(1986.11.23)(その3)

大正寺本堂前で記念撮影をする。献奏会が終了後、懇親会が開催されました。
本堂前での記念写真(クリックで画像を拡大)
懇親会の様子(クリックで画像を拡大)
懇親会の様子(クリックで画像を拡大)
懇親会の様子(クリックで画像を拡大)

虚無僧追善供養尺八献奏大会(大正寺)(1986.11.23)(その4)

安楽寺本尊「阿弥陀仏」厨子(「活総末寺頭大光山三照院安楽寺二十四世現住閑山戢我安置之千時文政八乙酉十月十三日。吹破る竹の音寒し如月 安楽寺」の書有り)
安楽寺阿弥陀仏(クリックで画像を拡大)
安楽寺厨子(クリックで画像を拡大)
吹破る竹の音寒し如月の文字(クリックで画像を拡大)
安楽寺厨子(クリックで画像を拡大)

第9回虚無僧追善供養尺八献奏大会(地蔵寺)(1990.11.23)(その1)

第9回虚無僧追善供養献奏大会が平成2年11月23日、東京都荒川区西尾久3-1-6にあります普化宗金先派の触頭一月寺の後裔一月正空師の自坊の地蔵寺で開催されました。当寺には、一月寺伝来の本則、掛け軸、古文書類も所蔵されています。献奏大会に先立ち、地蔵寺より小台通りまで虚無僧練りも行われました。虚無僧練りの後、本堂にて、地蔵寺住職・御一門各住職により(一月寺歴代住職並びに門弟回向)読経が行われました。
地蔵寺本堂前で献奏(クリックで画像を拡大)
小台商店街の練り(クリックで画像を拡大)
虚無僧練り(クリックで画像を拡大)
虚無僧練り(クリックで画像を拡大)

第9回虚無僧追善供養尺八献奏大会(地蔵寺)(1990.11.23)(その2)

虚無僧練りの様子。
虚無僧練り(クリックで画像を拡大)
虚無僧練り(クリックで画像を拡大)
地蔵寺に戻る(クリックで画像を拡大)
地蔵寺本堂前で献奏(クリックで画像を拡大)

第9回虚無僧追善供養尺八献奏大会(地蔵寺)(1990.11.23)(その3)

今回の献奏曲は35曲でした。
本堂前での記念写真(クリックで画像を拡大)
明暗蒼龍会の回向(クリックで画像を拡大)
谷派の阿字観(クリックで画像を拡大)
汲芳会の陸奥鈴慕(クリックで画像を拡大)

第9回虚無僧追善供養尺八献奏大会(地蔵寺)(1990.11.23)(その4)

本堂での献奏の続き。
下総一月会の虚空(クリックで画像を拡大)
茨城・石翁会の虚嘯虚空(クリックで画像を拡大)
三重・片田一徹氏の流し鈴慕(クリックで画像を拡大)
如道会の虚空(クリックで画像を拡大)

第9回虚無僧追善供養尺八献奏大会(地蔵寺)(1990.11.23)(その5)

懇親会は会場を割烹熱海に移動して開催されました。
懇親会の様子(クリックで画像を拡大)
懇親会の様子(クリックで画像を拡大)
懇親会の様子(クリックで画像を拡大)
懇親会の様子(クリックで画像を拡大)

第9回虚無僧追善供養尺八献奏大会(地蔵寺)(1990.11.23)(その6)

割烹熱海での懇親会。
懇親会の様子(クリックで画像を拡大)
懇親会の様子(クリックで画像を拡大)
懇親会の様子(クリックで画像を拡大)
懇親会の様子(クリックで画像を拡大)

第十回虚無僧追善供養尺八献奏大会(萬満寺)(1991.11.23)(その1)

第10回虚無僧追善供養献奏大会が平成3年11月23日、千葉県松戸市馬橋2547にあります普化宗金先派の触頭一月寺の本寺であります万満寺で開催されました。当寺では、長い間、放置されていました一月寺の開山塔、門標、墓碑類を悉皆墓域に移されました。その供養の会として開催されました。開山塔の前で読経、献奏の後、馬橋の町を虚無僧練りをし、その後、本堂にて献奏会が開催されました。
萬満寺の説明(クリックで画像を拡大)
萬満寺入口(クリックで画像を拡大)
萬満寺山門(クリックで画像を拡大)
萬満寺本堂(クリックで画像を拡大)

第十回虚無僧追善供養尺八献奏大会(萬満寺)(1991.11.23)(その2)

萬満寺本堂(クリックで画像を拡大)
一月寺遺石の説明(クリックで画像を拡大)
一月寺山門にあった石碑(クリックで画像を拡大)
移設された一月寺墓石(クリックで画像を拡大)

第十回虚無僧追善供養尺八献奏大会(萬満寺)(1991.11.23)(その3)

萬満寺にある一月寺の石碑。
一月寺の墓碑(クリックで画像を拡大)
山門石碑の裏面(クリックで画像を拡大)
墓石の裏面(クリックで画像を拡大)
一月寺開山塔(クリックで画像を拡大)

第十回虚無僧追善供養尺八献奏大会(萬満寺)(1991.11.23)(その4)

移設された一月寺の墓石の前での読経と、調子の献奏。
萬満寺住職の読経(クリックで画像を拡大)
調子の献奏(クリックで画像を拡大)
調子の献奏(クリックで画像を拡大)
調子の献奏(クリックで画像を拡大)

第十回虚無僧追善供養尺八献奏大会(萬満寺)(1991.11.23)(その5)

萬満寺から馬橋の町を虚無僧練りに。
旗指物を先頭に虚無僧行列(クリックで画像を拡大)
虚無僧練りの様子(クリックで画像を拡大)
虚無僧練りの様子(クリックで画像を拡大)
虚無僧練りの様子(クリックで画像を拡大)

第十回虚無僧追善供養尺八献奏大会(萬満寺)(1991.11.23)(その6)

虚無僧練りが終わり本堂で献奏会が開催されました。
明暗蒼龍会の回向(クリックで画像を拡大)
高橋峰外・藤田正治氏の母鈴慕(クリックで画像を拡大)
汲芳会の鎮曲(クリックで画像を拡大)
茨城・石翁会の鳳鐸(クリックで画像を拡大)

第十回虚無僧追善供養尺八献奏大会(萬満寺)(1991.11.23)(その7)

献奏会が終わり、懇親会が開催されました。
全員写真(クリックで画像を拡大)
懇親会で挨拶をする岡本竹外氏(クリックで画像を拡大)
懇親会の様子(クリックで画像を拡大)
懇親会の様子(クリックで画像を拡大)

豆州大平瀧源寺旭瀧前虚無僧供養献奏大会(1988.5.22)(その1)

昭和63年5月22日(日)に瀧源寺跡地(静岡県田方郡修善寺町大平旭瀧)において、献奏大会が開催されました。最初に修善寺町大練り(金龍館より総合会館まで)午前9時30分より11時まで。その後、場所を旭瀧に移して、献奏大会が午前11時30分より午後2時まで、献奏大会が終了後は、金龍院にて瀧源寺本尊参拝が午後2時30分より午後3時まで行われました。献奏曲目は、(1)調子・山口・藤田正治氏(2)回向・横浜・明暗蒼龍会一門(3)阿字観・熱海・西園流 中山彰園(4)大和調子・東京・谷派 安藤嘉範(5)九州鈴慕・東京・明暗汲芳会一門(6)一二三鉢返・東京・明暗大士派 永鳥天士(7)奥州薩字・東京・本曲研究会 船山調燎(8)瀧落の曲・東京・琴古流竹盟社一門(9)調子・東京・谷派 菊地虚庵(10)霧海じ・広島・対山派 藤本覚瞬(11)瀧落・東京・岡崎自修(12)手向・三島・奥田将徳(13)大和調子・岡崎・対山派 太田鎗一門(14)飛鳥鈴慕・土浦・対山派 島村玄沖一門(15)阿字観・東京・谷派 松本虚山一門(16)魁・秦野・犬飼虚無洞(17)瀧落・修善寺・瀧落保存会会員、以上曲が献奏されました。
宿舎・金龍館前で島村玄仲氏他(クリックで画像を拡大)
修善寺温泉街の虚無僧練り(クリックで画像を拡大)
修善寺温泉街の虚無僧練り(クリックで画像を拡大)
修善寺温泉街の虚無僧練り(クリックで画像を拡大)

豆州大平瀧源寺旭瀧前虚無僧供養献奏大会(1988.5.22)(その2)

曇り空の中、修善寺の温泉街を歩く虚無僧行列に温泉客も驚いていました。
修善寺温泉街の虚無僧練り(クリックで画像を拡大)
修善寺温泉街の虚無僧練り(クリックで画像を拡大)
修善寺温泉街の虚無僧練り(クリックで画像を拡大)
修善寺温泉街の虚無僧練り(クリックで画像を拡大)

豆州大平瀧源寺旭瀧前虚無僧供養献奏大会(1988.5.22)(その3)

修善寺の温泉街を通り、その奥にあります修禅寺本堂に向かいました。
修善寺温泉街を通り、修禅寺本堂に向かう(クリックで画像を拡大)
修禅寺本堂に向かう(クリックで画像を拡大)
修禅寺本堂前で献奏(クリックで画像を拡大)
修禅寺本堂前で献奏(クリックで画像を拡大)

豆州大平瀧源寺旭瀧前虚無僧供養献奏大会(1988.5.22)(その4)

下田街道の旭滝口バス邸を右折して農道を大平山に向かい進むと、木立の中に旭滝が見えてきます。
下田街道の旭滝口バス停(クリックで画像を拡大)
バス停横にある旭瀧見の観音石碑(クリックで画像を拡大)
瀧源寺虚無僧の墓石の前で読経(クリックで画像を拡大)
瀧源寺虚無僧の墓石の前で献奏(クリックで画像を拡大)

豆州大平瀧源寺旭瀧前虚無僧供養献奏大会(1988.5.22)(その5)

献奏大会の昼食休憩時間。5月の若葉が美しい大自然の中での昼食。
菅木雪水氏・岡本竹外氏(クリックで画像を拡大)
昼食の時間(クリックで画像を拡大)
フジテレビの女性と山田虚悠氏(クリックで画像を拡大)
昼食の時間(クリックで画像を拡大)

豆州大平瀧源寺旭瀧前虚無僧供養献奏大会(1988.5.22)(その6)

旭瀧での献奏大会が終わり、瀧源寺本尊が安置されています金竜院に移動し、本堂にて、瀧源寺にあった不動明王と千手観音の前で、全員で調子の献奏をしました。
金竜院入口(クリックで画像を拡大)
金竜院への石段(クリックで画像を拡大)
金竜院本堂(クリックで画像を拡大)
不動明王と千手観音(クリックで画像を拡大)

豆州大平瀧源寺旭瀧前虚無僧供養献奏大会(1988.5.22)(その7)

金竜院本堂で、調子の献奏をしました。
金竜院本堂での調子の献奏(クリックで画像を拡大)
金竜院本堂での調子の献奏(クリックで画像を拡大)
金竜院本堂での調子の献奏(クリックで画像を拡大)
金竜院本堂での調子の献奏(クリックで画像を拡大)

西向寺虚無僧之碑建立記念第19回虚無僧追善供養尺八献奏大会(2000.11.23)(その1)

横浜市神奈川区高島台1-2にあります曹洞宗・本覚寺において平成12年11月23日、西向寺虚無僧之碑建立記念の献奏大会が開催されました。本覚寺は西向寺の菩提寺で、過去帳、歴代墓碑等も保存されています。大会に先立って、門前町の旧東海道にて虚無僧の大練りも行なわれました。(横浜)西向寺歴代虚無僧之碑建立協賛募金「趣意書」普化禅宗(虚無僧寺)金先派末寺頭・青木山天晴院西向寺は、元和三年(1617)三月頃に開創されまた。創建場所は、武州橘樹郡神奈川(現・神奈川区高島台1の2)の地に、除地壱反五畝五歩(455坪)を有していました。同寺開山は、清山禅師(総本山一月寺住職・清山寺開山)で、それ以来廃宗まで約260余年間に亘り、当寺院は栄えて来ました。本寺兼総本山は、金龍山梅林院一月寺・下総国葛飾郡風早庄小金宿(現・松戸市小金242)である。当宗の僧は、武士階級の出身で吹禅・知仁勇の教化に努め、幕府に寄与し歴史上特異の存在でありました。時代の移り変わりと共に明治4年(1872)太政官布告により、普化禅宗(虚無僧寺)は廃宗となりました。その後、西向寺跡地は、旧・国鉄東海道線用地に収用され、残余地も後に京浜国道の拡張で全て失う事となった。地元古老の伝承では、当時歴代住職碑が拾数基残存していたが、内壱基だけは、菩提寺・曹洞宗本覚寺の入口左側に現存しております。この様に墓碑及び多数の西向寺文献が現存しているのは、全国的に数少なく、当寺院は貴重な歴史遺産を保存しており、これは横浜市の誇りであります。又、当寺院の菩提寺本覚寺は、幕末、アメリカ領事館として、事実上接収された事でも有名であります。尚、曹洞宗・宗興寺は、資料等に基づく限りでは、西向寺第十二世の菩提寺であります。茲に、私達一同は、西向寺歴代住職の碑を建立して、永久に尺八吹禅の金先派末寺頭・西向寺の遺功を称えたいと思います。

本覚寺から虚無僧練りに(クリックで画像を拡大)
本覚寺から虚無僧練りに(クリックで画像を拡大)
旧・東海道を宗興寺に向かう(クリックで画像を拡大)
旧・東海道を宗興寺に向かう(クリックで画像を拡大)

西向寺虚無僧之碑建立記念第19回虚無僧追善供養尺八献奏大会(2000.11.23)(その2)

虚無僧練りの後、本覚寺に戻り、虚無僧之碑の除幕式が行われました。
虚無僧練り(クリックで画像を拡大)
虚無僧之碑除幕式(クリックで画像を拡大)
虚無僧之碑除幕式(クリックで画像を拡大)
本堂の前で記念写真(クリックで画像を拡大)

西向寺虚無僧之碑建立記念第19回虚無僧追善供養尺八献奏大会(2000.11.23)(その3)

除幕式が終わった後、本覚寺本堂で献奏会が開催されました。
宗興寺の2階本堂での読経(クリックで画像を拡大)
宗興寺から本覚寺に向かう(クリックで画像を拡大)
本覚寺本堂での献奏会(クリックで画像を拡大)
本覚寺本堂での献奏会(クリックで画像を拡大)

第七回虚無僧追善供養尺八献奏大会(1988.11.27)(その1)

普化宗活総派の武州八王子の沢水寺の菩提寺、法泉寺にて昭和63年11月27日献奏大会が開催されました。本年6月沢水寺跡地で、虚無僧の墓碑2基が、法泉寺住職、藤本宗信師と虚無僧研究会会員、小川春夫氏によって再発見され、法泉寺内に安置されたので、その供養の練り行列を大会に先立ち、挙行されました。虚無僧練りは沢水寺跡地より法泉寺まで行われました。
献奏大会の案内(クリックで画像を拡大)
墓碑が発見された場所で回向(クリックで画像を拡大)
沢水寺跡まで練り(クリックで画像を拡大)
沢水寺跡で回向(クリックで画像を拡大)

第七回虚無僧追善供養尺八献奏大会(1988.11.27)(その2)

虚無僧寺沢水寺(小川春夫)
沢水寺の概観
所在地 武州八王子柳沢村(現住所)東京都八王子市弐分方町 字柳沢653番イ号・二号・三号
甲州街道より、北へ三つ目の丘陵の北陰。甲州浦(脇)街道(旧案下道・陣馬街道)の南・弐分方町入口より、町道八町程の処。「諸国普化宗門寺号」に、江戸江十二里有。
年貢地 五畝廿九歩(二三七坪)。境内地 五畝二歩(一五六坪) 山院号 光輝山沢水寺(たくすいじ) 宗派 普化宗。本寺 武蔵国青梅村括総派本山郭嶺山虚空院鈴法寺。 菩提寺 八王子市大楽寺町八四番地、神戸山(ごうどさん)法泉寺 臨済宗南禅寺派広園寺末、住職・藤本宗信師 本尊 普化禅師像 木造 立像 高さ六寸ばかり(お厨子に納められていたと云う)
 
沢水寺跡で回向(クリックで画像を拡大)
沢水寺跡(クリックで画像を拡大)
沢水寺跡から法泉寺まで練り(クリックで画像を拡大)
沢水寺跡から法泉寺まで練り(クリックで画像を拡大)

第七回虚無僧追善供養尺八献奏大会(1988.11.27)(その3)

今回発見された墓碑、二基
(1)角柱石塔 高さ一尺三寸五分。幅五寸八分。全面「園寂 代々尊霊等 来山春漸上座」左側面「寛政五年丑八月三日 施主柳生」
(2)角柱石塔 高さ一尺四寸。幅六寸三分。前面「普閑青山大徳 安永七戊戌年十月四日 」
沢水寺跡から法泉寺まで練り(クリックで画像を拡大)
沢水寺跡から法泉寺まで練り(クリックで画像を拡大)
観音堂前で回向(クリックで画像を拡大)
観音堂前で回向(クリックで画像を拡大)

第七回虚無僧追善供養尺八献奏大会(1988.11.27)(その4)

写真の沢水寺本則
沢水寺第六世雲谷深長現住が、宝暦年間(1751~63)に発行した もの。
「柳沢の虚無僧寺」著者故・村田光彦氏の友人、八木隆太郎氏所蔵の本則。 
観音堂前で回向(クリックで画像を拡大)
法泉寺本堂前で回向(クリックで画像を拡大)
沢水寺本則(クリックで画像を拡大)
法泉寺本堂前で回向(クリックで画像を拡大)

第七回虚無僧追善供養尺八献奏大会(1988.11.27)(その5)

虚無僧練りが終わり、法泉寺本堂に於いて献奏大会が開催されました。献奏曲は25曲でした。
一月会・虚空の献奏(クリックで画像を拡大)
汲芳会・雲井曲の献奏(クリックで画像を拡大)
谷派・虚空の献奏(クリックで画像を拡大)
蒼龍会・奥州薩字(クリックで画像を拡大)

第七回虚無僧追善供養尺八献奏大会(1988.11.27)(その5)

如道会・虚空(クリックで画像を拡大)
片田一徹氏通り・門附け・鉢返し(クリックで画像を拡大)
伊東笛斎・前島竹堂氏産安(クリックで画像を拡大)
法泉寺本堂前での記念写真(クリックで画像を拡大)