尺八で出会った方々の思い出
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明暗蒼龍会の長老・前島竹堂氏を偲んで(その1)(2021.5.7)

明暗蒼龍会の長老・前島竹堂(義樹)先生が、4月23日の早朝に98歳で亡くなりました。私の義父と同じ日の同じ時刻に亡くなり、忘れることはないでしょう。前島先生は琴古流は宗家竹友社の2代目川瀬順輔氏師の奏法が好みで、竹友社の系統、大阪の廣澤静輝師の門下となり、明暗尺八は大阪の桜井無笛師の門下となりました。古管尺八も古鏡をはじめとしてたくさん蒐集され、また、ゴルフ場の造園工事では、工事着工前に真竹の竹藪から地無し尺八になる材料を先に掘り出すことをされて、多数の地無し管も製作されました。生前、前島先生の話では、岡山県北のゴルフ場建設現場の真竹は竹質が良くて、良き地無し管が製作できたとのことでした。昭和61年7月25日に横浜山手の日本郵船倶楽部での研修会に、同じ桜井無笛師の門下、伊東笛斎氏の紹介で初めて出席されました。その後、明暗蒼龍会の行事に参加されるときは、蒼龍会の二代目会長・高橋峰外氏宅に宿泊されました。前島先生は、腰痛で手術をされた後、後遺症で苦しい毎日だったと思います。娘さんの話では、亡くなる前日の夕食もきちんと食べられたとのこと。また、前島先生は虚無僧研究会本部、新宿区法身寺の墓地にあります蒼龍の碑の会員なので、コロナが収束したら、分骨を蒼龍の碑に納骨し、本堂で法要をすることにしています。ご冥福をお祈りします。
1987.7.25郵船倶楽部での蒼龍会(前列右端が前島氏)(クリックで画像を拡大)
1988.1.16郵船倶楽部での蒼龍会(左端が前島氏)(クリックで画像を拡大)
1988.5.22伊豆・旭瀧(手前が前島氏)(クリックで画像を拡大)
1991.1.12郵船倶楽部(奥の中央が前島氏)(クリックで画像を拡大)

明暗蒼龍会の長老・前島竹堂氏を偲んで(その2)(2021.5.7)

前島先生との思い出の写真はたくさんありますが、その中の一部を掲載します。
1991.8.24(新潟古町の料亭)(後列左端が前島氏)(クリックで画像を拡大)
2014.2.6前島先生宅にて(クリックで画像を拡大)
2014.2.6前島先生宅にて(クリックで画像を拡大)
2014.6.4由良興国寺訪問(クリックで画像を拡大)

明暗蒼龍会の長老・前島竹堂氏を偲んで(その3)(2021.5.7)

2014.6.4由良興国寺訪問・高垣旅館で(クリックで画像を拡大)
2014.11.11(前島先生宅)(クリックで画像を拡大)
2014.11.11(みのお山荘にて)(クリックで画像を拡大)
2016.2.9(千里中央・梅の花で)(クリックで画像を拡大)

明暗蒼龍会の長老・前島竹堂氏を偲んで(その4)(2021.5.7)

前島由起子さんからの挨拶状(クリックで画像を拡大)

福田竹軒氏の分骨を蒼龍の碑に納骨・法要(その1)(2021.4.18)

今年2月25日に亡くなりました蒼龍会会員・福田竹軒氏の分骨を法身寺の墓地にあります蒼龍の碑に納骨、法要を行いました。福田竹軒氏の息子さん夫妻の出席のもと、行うことができました。法身寺も4月から、小菅大徹氏の長男が住職になられました。蒼龍会会員はコロナ感染のこともあり、代表として、私と相藤副会長、会計の北村氏、写真係の大浦氏が出席しました。
住職の読経(クリックで画像を拡大)
全員で読経(クリックで画像を拡大)
全員で読経(クリックで画像を拡大)
住職の読経(クリックで画像を拡大)

福田竹軒氏の分骨を蒼龍の碑に納骨・法要(その2)(2021.4.18)

住職の読経(クリックで画像を拡大)
住職の読経(クリックで画像を拡大)
福田さんご夫妻(クリックで画像を拡大)
法身寺本堂(クリックで画像を拡大)

福田竹軒氏の分骨を蒼龍の碑に納骨・法要(その3)(2021.4.18)

住職の読経(クリックで画像を拡大)
相藤氏の手向献奏(クリックで画像を拡大)
前川耕月の阿字観献奏(クリックで画像を拡大)
納骨の儀の合掌(クリックで画像を拡大)

福田竹軒氏の分骨を蒼龍の碑に納骨・法要(その4)(2021.4.18)

住職による納骨の儀(クリックで画像を拡大)
納骨後の献奏(クリックで画像を拡大)
住職の読経(クリックで画像を拡大)
納骨後の焼香(クリックで画像を拡大)

福田竹軒氏の分骨を蒼龍の碑に納骨・法要(その5)(2021.4.18)

住職の読経(クリックで画像を拡大)
出席者全員写真(クリックで画像を拡大)

明暗蒼龍会会員、福田竹軒氏を偲んで(2021.3.3)

明暗蒼龍会の長老、福田竹軒氏が、2月25日に亡くなりました。琴古流尺八は宗家竹友社師範として三曲の世界でも活躍され、また明暗尺八は岡本竹外先生に師事されました。岡本竹外先生の手記の貴重な資料も、岡本先生が存命中に借用してコピーを保管されていました。明暗蒼龍会の活動で数多くの思い出があります。ご冥福をお祈りします。虚無僧研究会の本部、法身寺の墓地にあります、蒼龍の碑にも名前が刻まれています。
マホロバマインズでの夏季研修会(クリックで画像を拡大)
マホロバマインズでの夏季研修会(クリックで画像を拡大)
マホロバマインズでの夏季研修会(クリックで画像を拡大)
後列左から二人目が福田氏(クリックで画像を拡大)

明暗蒼龍会客員・石川醇風(喜一)氏を偲んで(2017.2.26)

山形市在住の石川醇風氏が2020年7月1日に87歳で亡くなりました。石川醇風氏は山形大学医学部教授として活躍され、また明暗蒼龍会の客員として蒼龍会の総会や夏季研修旅行にも参加されました。地無し尺八を製作する私に、日本海に浮かぶ粟島に真竹のいいのがあるから、一緒に行きましょうと誘われましたが、残念ながら実現しませんでした。ご冥福をお祈りします。
大雄山最乗寺で献奏される石川氏(クリックで画像を拡大)

山田悠氏を偲んで(2018.5.3)

虚無僧研究会会員で、谷派の尺八家でありました山田悠氏が病気のため3月28日に亡くなりました。山田氏は虚無僧研究会発足以来、長年、幹事として活躍され、また虚無僧尺八の歴史研究家であり、古管尺八や虚無僧の浮世絵、虚無僧人形、その他虚無僧に関係のある品物をたくさん蒐集されていました。虚無僧研究会の機関紙、一音成仏第47号に掲載されました尺八・虚無僧編年史が最後の投稿記事となりました。ご冥福をお祈り致します。
昭和63年5月22日伊豆・旭滝で(クリックで画像を拡大)

日野原重明先生を偲んで(2017.7.18)

2011年6月20日(月)上野精養軒にて調和道春の大会が開催され、全国から124名の会員が出席されました。この大会は日野原重明先生百寿を記念して「逆風の中での勇気ある生き方」と題して講演をされました。その後、私の地無し3尺管を使用して逆複式丹田呼吸法による調子の演奏を会員の皆さんに聞いて頂きました。目の前で、私の演奏を聞いて下さいました日野原重明先生の姿はいつまでも忘れることはありません。ご冥福をお祈りします。
日野原先生を囲んでの懇親会(クリックで画像を拡大)
逆複式丹田呼吸法による地無し3尺管の演奏(クリックで画像を拡大)

明暗蒼龍会顧問・野崎光外氏を偲んで(2017.2.26)

虚無僧研究会では長年幹事をされ、また明暗蒼龍会では創立以来、副会長顧問を歴任されました野崎光外氏が病気で亡くなられました。尺八以外では、油絵を得意とし、海外にも出かけられ、個展も開かれていました。野崎氏は、一橋大学を卒業後、新潟鐵工に入社した時から、岡本竹外先生に師事された、明暗蒼龍会の一番古い会員でした。ご冥福をお祈りします。
横浜郵船倶楽部で献奏される野崎氏(クリックで画像を拡大)
横浜郵船倶楽部で献奏される野崎氏(クリックで画像を拡大)

明暗蒼龍会副会長:故・野崎光外氏の随筆(その1)

野崎光外氏は虚無僧研究会では長年幹事をされ、また明暗蒼龍会では創立以来、副会長顧問を歴任されました。野崎氏は、一橋大学を卒業後、新潟鐵工に入社した時から、岡本竹外先生に師事され、明暗蒼龍会の一番古い会員でした。大学時代の都山流尺八、就職後の明暗尺八の思い出を書かれた記事です。
野崎氏の随筆(クリックで画像を拡大)
野崎氏の随筆(クリックで画像を拡大)
野崎氏の随筆(クリックで画像を拡大)
野崎氏の随筆(クリックで画像を拡大)

明暗蒼龍会副会長:故・野崎光外氏の随筆(その2)

野崎氏の随筆(クリックで画像を拡大)
野崎氏の随筆(クリックで画像を拡大)

寺田泰山先生を偲んで(2016.7.25)

和歌山県由良興国寺のある地元で医師として活躍され、また明暗尺八の大家として地元の法燈会で長年活躍されました寺田泰山先生が今年6月10日に92歳で亡くなりました。虚無僧研究会での献奏旅行にも、長年、地元の法燈会の皆さんと遠路、参加されました。また、2014年6月4日に大阪の前島竹堂先生と一緒に由良興国寺を訪問した時に、寺田先生は法堂で調子を献奏されましたが、その豪快な音味は、今でも耳に残っています。また地元の高垣旅館で、私たちに夕食をご馳走していただきました。その思い出は忘れることが出来ません。寺田先生のご冥福をお祈りします。
興国寺法堂で献奏される寺田泰山先生(クリックで画像を拡大)
高垣旅館での夕食(クリックで画像を拡大)

佐藤初女さんを偲んで(2016.2.2)

森のイスキアを主催されていました佐藤初女さんが2月1日に94歳で亡くなりました。平成22年5月9日、弘前市在住の竹友、藤田竹心氏、平尾雄三氏と一緒に、岩木山山麓の別荘地にありますログハウス、森のイスキアを訪問、佐藤初女さんに、お会いすることが出来ました。温泉に入り、昼食を食べて行きなさいとのことで、言葉にあまえて昼食をご馳走になりましたが、届いたばかりの日本海の海の幸をいただきました。佐藤初女さんが、ご飯は、よく噛んで食べるように、堅めに炊いてあるのよと言われました。気持ちのこもったおもてなしに感謝し、お返しに3尺管にて、阿字観を献奏したことが、今でも思い出されます。生きていくことに自信を無くした多くの人を救うことを人生の生きがいにされた、佐藤初女さんの冥福を祈ります。
森のイスキアで佐藤初女さんと(クリックで画像を拡大)
お礼に3尺管で阿字観を献奏(クリックで画像を拡大)

郡川直樹氏7回忌献奏会 2020.11.1(日)

郡川直樹氏7回忌の献奏会
11月1日(日)午前11時より自宅和室にて郡川直樹氏7回忌の献奏として、地無し3尺管(銘・心月輪)にて阿字観の献奏をし冥福を祈りました。
3尺管にて阿字観献奏(クリックで画像を拡大)

郡川直樹氏7回忌献奏会(その1)2020.10.30

【献奏のお誘い】

 各自で夫々尺八本曲献奏会~郡川直樹七回忌に寄せて

 郡川記念サムライ尺八会では、2014年11月1日に逝去した尺八家 郡川直樹(1949~2014)の七回忌に寄せて、「各自で夫々尺八本曲献奏会」を開催します。

 各自がそれぞれの場所と時間で、それぞれの尺八本曲を吹奏し、何の曲を吹いたかを報告しあうだけの気軽な献奏会です。

 参加方法はいたって簡単。

 以下の日程内で、それぞれがご都合のよろしい場所と時間で尺八本曲を吹いて、お名前と曲名をEメール等で自己申告いただくだけです。

 参加いただいた献奏者のお名前と曲名を、facebookイベントページ等に掲載させていただきます。

 【開催日時】2020年 10月30日(金)から11月1日(日)の3日間で各自の都合の良い時間

【場  所】不問

【参加資格】不問

【参加方法】下記の項目を献奏前または献上後にEメール等にて自己申告ください。

(1)お名前:

(2)お住まい(都道府県):

(3)曲名・演奏時間(分):

(4)演奏日時:

(5)コメント等:

 

 申込先 郡川記念サムライ尺八会(幹事:高橋聴雪)

 Email: samurai.shakuhachi@gmail.com

 【主  催】郡川記念サムライ尺八会

【問合せ先】samurai.shakuhachi@gmail.com / 
      TEL:070-5626- 3890

 

 郡川直樹 こおりかわ・なおたつ〔1949-2014〕 略歴

尺八家。青森県八戸市生まれ。琴古流尺八を飯山如雲、値賀筍童に師事。錦風流尺八を内山嶺月、岡本竹外に師事。NHK邦楽技能者育成会16期生。1979(昭和54年)全日本三曲コンクール優勝。1981年グリーン・リボン賞受賞。古典尺八、特に奥州系といわれる東北の曲に精通。1995年の阪神淡路大震災後、仙台市に居住。2009年から毎年「サムライの時代の音楽~禅的尺八コンサート」を開催し、尺八本来の無伴奏音楽・独奏曲の魅力を広く一般に紹介する活動を積極的に推進した。2014年11月1日没。享年65歳。

*郡川直樹氏が亡くなり7回忌の献奏会を開催すると仙台市の高橋聴雪氏より
 案内をいただきました。郡川直樹氏の思い出の写真として(2004年2月7日)明暗蒼龍会の総会が東京・青山の郵船倶楽部で開催され、仙台から郡川直樹氏に出席していただきました。幹事から総会には2尺3寸管を用意するように連絡がしてありましたが、郡川氏の持参された2尺3寸管は細身なので蒼龍会会員の地無し管と律が合わないとのこと。たまたま私が自作の2尺3寸管を2本持参していたので、この尺八を郡川氏に使用してもらいました。後日、記念写真を郡川氏に送付したところ、礼状の手紙と自作の尺八を販売したいと写真が添付されてきました。

 

前列左端が郡川氏(クリックで画像を拡大)
右端が郡川氏(クリックで画像を拡大)
郡川氏からの手紙(クリックで画像を拡大)
郡川氏からの手紙(クリックで画像を拡大)

郡川直樹氏7回忌献奏会(その2)2020.10.30

郡川直樹氏からの手紙に同封されていました自作の地無し管の写真です。
郡川氏製作の地無し管(クリックで画像を拡大)
郡川氏製作の地無し管(クリックで画像を拡大)
郡川氏製作の地無し管(クリックで画像を拡大)

郡川直樹氏7回忌献奏会(その3)2020.10.30

2011年1月21日にサムライの時代の音楽「禅的尺八コンサート」を開催すると、郡川氏から招待状を送っていただきました。
郡川氏からの手紙(クリックで画像を拡大)
招待状(クリックで画像を拡大)