錦風流の演奏と使用する楽譜と尺八について
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錦風流の演奏に使用する楽譜と尺八について(2021.8.12)

錦風流の演奏に使用する松風の楽譜(2021.8.12)

錦風流の演奏に使用する楽譜と尺八について(その1)2021.8.10

錦風流の演奏に使用する三谷清攬の楽譜(2021.8.12)

錦風流の演奏に使用する楽譜と尺八について(その2)2021.8.10

錦風流尺八本曲の奏法の難しさは、三曲や虚無僧本曲のように楽譜を見て、その音を吹けばいいものではありません。岡本竹外先生に入門して、虚無僧寺に伝わる本曲を学びながら、同時に根笹派錦風流本曲も学びましたが、奏法や音程について水と油のような違いがあることがわかりました。虚無僧本曲ならば楽譜の音をただ吹けばいいのですが、根笹派錦風流本曲の一つ一つの音程の違いは、楽譜を見ただけでは全くわからない世界。岡本先生の一言「耳で覚えなさい」、最初に調の曲を習った時に、1穴4穴を開けて顎を引いてメリのアの音がいきなり出てきました。先生の音を聞いて咄嗟にウの音で律を合わせました。先生は、私の指を見ていて、律は合っているが指が違っていると。習いたての頃は、今までと同じように、すべての音を吹いて出すので、先生の律に合わせるのが大変なことでした。後に逆複式丹田呼吸のことを指導され、その稽古を重ねることで、腹の動きで律をあわせることが出来るようになりました。調の出だしのウロ、その次のウツレなどは、最初のころは、譜面通りに、すべて吹いていましたが、上達するにつれ、ウロのウは腹をへこませながら、息を吸う様な気持ちでウを吹き、次のロは腹を前に押し出し強く吹く。同じようにウツレもウツは腹をへこませながら、息を吸う様な気持ちでウツを出し、レは腹を前に押し出し強く吹く。こうすることで、正しい音を出すことが出来ます。虚無僧本曲でも丹田を動かしながら、曲のメリハリをつけますが、錦風流本曲になれば、腹の動きで音程を決めるので、頭の中は腹のことばかりを考えています。こうして岡本先生が吹かれた錦風流の曲は今でも耳の中に残っています。岡本竹外尺八随想集の楽譜を見ても、正しい音程を出すことは困難なことです。また、根笹派錦風流本曲には、コミ息が出てきます。岡本先生が稽古の時言われたことは、吹いた音の残りの息があれば、コミにすると。コミを吹くのにわざわざ息を吸うものではないと。三代宗家・成田松影師から岡本竹外先生に伝わったコミ息には、首振りはまったくありません。錦風流で首を振るのはチギリの時ぐらいでしょうか。また、コミの速さは、2尺管の時と稽古の2尺3寸管の時ではかなり違います。丹田からのコミ息が出来るようになれば、自在にコミ息のピッチを変えることが出来ます。2尺管に比べて、CD録音に使用しました2尺2寸管ではコミのピッチは遅くなっています。また、コミは、同じ強さが機関車のように連続するものでなく、水面の波紋が消えていくように、お寺の梵鐘の音がだんだんと消えていくように吹くのが口伝として伝わっています。さらに、錦風流に使用する尺八についても、下記の文章に掲載していますが、虚無僧本曲に使用する地無し管なら、錦風流にも使用できるかと言うと、これは全く別物。やはり津軽3名人の一人、折登如月作の地無し管のように、俗に音の切れがでないと、ふぬけた音痴のような錦風流になってしまいます。私はこれまで折登如月作の地無し管を参考に、100本以上の錦風流用の地無し管を製作してきましたが、その中で生き残った尺八は20本くらいでしょうか。完成して音の切れ味を確認したら物置の奥に投げ込むものばかり。これは死ぬまで続くでしょうか。音味の良さの追求で堅い材質で重い竹材を探すことが最初の一歩になります。今年の秋も、また、そのような竹材を求めて山歩きが始まります。

錦風流の演奏に使用する楽譜と尺八について(2021.8.8)

津軽に伝わる錦風流尺八本曲譜には、骨になる部分だけが書かれていて、奏法に関する記載は無く、師匠から直接に習うことが必要でした。宗家の系統では初代青木鈴慕氏が永野旭影師の演奏を書き留めた琴古流譜が使用されてきました。(実際に演奏されたのは三代宗家・成田松影師)私たちは岡本竹外先生が書かれた楽譜で習いましたが、私は門下に指導するために、私が詳細に書いた楽譜を参考までに掲載します。
調の1(クリックで画像を拡大)
調の2(クリックで画像を拡大)
下り葉の1(クリックで画像を拡大)
下り葉の2(クリックで画像を拡大)

錦風流の演奏に使用する楽譜と尺八について(その1)2021.8.6

錦風流の演奏に使用する楽譜と尺八について(その2)2021.8.6

錦風流の宗家の系統
初代宗家(乳井月影)ー二代宗家(永野旭影)ー三代宗家(成田松影)ー岡本竹外ー前川耕月
演奏に使用しています地無し2尺2寸管は、弘前市在住で猿賀神社宮司・山谷敬氏が所蔵されています、祖父(山谷孤山師)の愛用されていた、折登如月作の地無し2尺2寸管を参考にして、広島県の竹材で私が製作しました。

錦風流に使用する尺八について(その1)2021.7.30

私は錦風流三代宗家・成田松影師から師範免状をいただいた岡本竹外先生に入門して、錦風流本曲を学びました。稽古の時、岡本竹外先生が使用された尺八は大久保甲童作の地無し2尺3寸管、私は門田笛空作の地無し2尺3寸管、稽古の合間に、岡本先生がこんな尺八では錦風流にならないと何度も言われました。2000年4月に岡本先生が亡くなった後、私は青森県弘前市に錦風流の歴史調査に出掛けました。その都度、地元の尺八家が使用した尺八を手にして吹くことが出来ました。明治時代に青森市内で活躍され、青森警察署の署長以下、多数の署員に指導された津島孤松師が使用された尺八の大半は、弘前の折登如月師が製作されたもので太い地無し延管ばかり。その後、昭和11年以降、弘前市内で兵隊に錦風流本曲を指導された初代宗家の孫、乳
井建道師のころになると、折登如月師は地付き中継ぎの2尺管になりました。今でも、弘前には如月の焼き印のある地付き中継ぎ2尺管がありますが、息を入れると大きな土の音が耳に聞こえます。地無し管とは融合しません。下の写真の説明をします。向かって右端の尺八は、折登如月作・地無し延管1尺8寸(太いので実際は1尺7寸8分)(360グラム)、その左は虚無僧研究会・小菅会長から拝領しました折登如月作・地無し中継ぎ2尺管(350グラム)、その左は明治41年頃に津軽3名人の一人、津島孤松師に入門しました弘前の岡本不二男氏が愛用しました、太い地無し中継ぎの2尺管を参考に、私が製作しました地無し延2尺管(530グラム)、その左は明治41年頃に青森の津島孤松師に入門しました弘前の山谷義雄氏が愛用しました折登如月作の地無し延べ2尺2寸管を参考に私が製作しました地無し延べ2尺2寸管(650グラム)、その左は神戸湊川神社献奏大会に使用するために
私が製作しました地無し延べ2尺2寸管(585グラム)、その左は錦風流本曲CD製作のために私が製作、使用しました平竹の地無し延べ2尺2寸管(520グラム)、その左は鎌倉建長寺法堂での献奏大会のために私が製作しました地無し延べ2尺2寸管(560グラム)です。地無し管なら、なんでも錦風流本曲に使用できると思われがちですが、丹田の息受けができる竹でないと、コミ息さえ出来ません。これまで錦風流用にと2尺管、2尺2寸管を40本くらい製作しましたが、その中で自身がもてる地無し管は10本くらいでしょうか。竹材が軽いと、破れ障子のような大きな音が響きます。やはり、竹材は肉厚で重いものが必要になりますが、なかなか良質の竹材を探すのも大変なことです。
錦風流用の尺八(クリックで画像を拡大)
折登如月作地無し1尺8寸管(クリックで画像を拡大)
折登如月作地無し2尺管(クリックで画像を拡大)
耕月作地無し2尺管(クリックで画像を拡大)

錦風流に使用する尺八について(その2)2021.7.30

耕月作地無し2尺2寸管(クリックで画像を拡大)
耕月作地無し2尺2寸管(クリックで画像を拡大)
耕月作地無し2尺2寸管(クリックで画像を拡大)
耕月作地無し2尺2寸管(クリックで画像を拡大)