三浦琴童師の手紙
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三浦琴童師から弟子の斎藤周童師宛の手紙(その1)

三浦琴童師から弟子の斎藤周童師宛に出された直筆の手紙です。この手紙は斎藤周童師の子孫の方から、友人の三戸建次氏に贈られたものです。
三浦琴童師から斎藤周童師に出された手紙(クリックで画像を拡大)
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三浦琴童師から弟子の斎藤周童師宛の手紙(その2)

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秩父宮殿下に錦風流尺八の御前演奏(斎藤周童・山谷孤山)

昭和10年、昭和天皇の弟の秩父宮殿下が弘前31連隊に勤務することになり、その宿泊所は紺屋町にあった菊池長之邸が使用されました。ちなみに、作家・寺山修司の父親・八郎は秩父宮殿下警護のために、紺屋町臨時巡査派出所に巡査として勤務していました。この時に生まれたのが寺山修司であった。写真は、昭和11年12月4日午後7時30分に秩父宮殿下の宿泊所・菊地別邸において、地元の錦風流尺八家、斎藤周童(周蔵)氏と山谷孤山(義雄)氏の二人が御前演奏をした時の写真です。斎藤周童氏は、東大医学部時代に琴古流尺八家・三浦琴童師に学び、弘前に帰ってからは、錦風流尺八三名人の一人、津島孤松師に師事しました。山谷義雄氏は、19歳から津島孤松師について錦風流を学び、弘前では、猿賀神社の宮司であり、また警察官、町長も歴任された方です。御前演奏で、山谷義雄氏が使用されました尺八は、折登如月作の地無し2尺管、中継ぎです。また、斎藤周童氏の使用された尺八は地元の尺八家・三戸建次氏が所蔵されています。
御前演奏の記念写真は三戸建次氏から提供されたものです)
斎藤周童・山谷孤山)